前職で広告代理店で働いていた時の話

前職で広告代理店で働いていた時の話です。

広告代理店に勤務しようと思ったのは、昔から物を作る仕事をしてみたいという思いがあったからです。

ただ広告代理店という職種が私の目にとまるまでは、和紙でインテリアを作る会社があったのが今でも記憶に残っています。

なぜそこの会社でなく広告代理店を選んだのか。

当時はすでにDTPが主流になってきており、これからデジタルだ!っと思ったのでしょう。

少しでも率先力になるようにDTPのスクールに通いました。

そこでデザイナーとして今後は働いていけるように、イラストレーター・フォトショップ・インデザインの技術を学びました。

その技術を生かせられる会社として最初に選んだ会社は、地元密着のフリー情報誌のデザイン業務です。

一応広告代理店の部類にはいります。

そこでは全くの素人の私でも雇ってくれ、フォーマット作成からさせてもらいました。

ただ、とにかく帰る時間が遅い、不規則、なあなあの仕事スタイルに私の性格には合わず、わずか9ヶ月で退職となりました。

その後も懲りずにデザイン会社に就職をしようと思い、素人が作ったフォーマットの制作物を持って、デザイン会社に面接に行っていました。

今思えば当たり前のように落とされました。

理由は率先力にならないからです。

デザイナーとオペレーターの違いです。

私はオペレーター。

私が面接に行ったのはデザイナーを探している会社。

そもそも行くところが間違っていたのです。

それに気づきオペレーターでもいいので、制作に携わる仕事に就こうと思い求人広告をみていたら、広告代理店の募集に目がとまりました。

最初にオペレーターで応募をしましたが、2週間経っても連絡がない。

さすがにおかしいと思い、応募した会社に電話すると、どうやら応募があったこと自体見逃していたのか…?すぐ面接することになりました。

面接をして言われたこと、「今は制作の募集はしていない。その為、もしよければ営業補佐の仕事をしてみないか?」と。

全く考えていなかった内容を言われ考えた結果、行き受けることにしました。

その当時務めていた会社は派遣で、契約期間の終了が迫っていたのもありました。

もちろん更新することもできたのですが、元々少しお休みをするために働いていたため、給料が安かったのです。

なのでずっと続けるつもりはなく、きりの良いところでフルタイムでやりがいのある仕事に就きたかったからです。

そしてようやく広告代理店に勤務することになりました。

ここの広告代理店は、地元密着フリー情報誌も自社で作っている以外に、セールスプロモーションという広告に特化した部署がありました。

そして前の広告代理店との大きな差は、年配の男性社員が何人もいることでした。

偏見になるかもしれませんが、やはり会社に年配の男性社員がいることでなんだか安心感をもってしまいます。

昔からある会社、安定している会社というイメージです。

入社してから私がやりたかったデザインは果たして出来たのか!?

初めはデザイナーに原稿の振り出しから始まりました。

そこから経験を積み、制作費がでない制作物に関しては私が作成していたりもしていたので、スクールに通った経験は身になりました。

ただ本業は自分が広告を作るのではなく、作る人にサムネイルを渡す仕事です。

前の広告代理店で少し経験はありましが、その時は意味がわからずやっていました。

その為、ここにきてようやくサムネイルの意味がわかりました。

初めはサムネイルを書くのもすごく時間がかかり、できあがってきたときのイメージが違い、何度もデザイナーともめたりもしました。

デザイナーの顔を立てればクライアントからはやり直しをさせられる。

クライアントの意見を重視すると、デザイナーから文句がでる。

その狭間でイライラ度もMAXになることもしばしばありました。

私が直接クライアントと原稿の打ち合わせをしているときはまだマシです。

自分でやったことが間違えていたと分かったなら、クライアントにもデザイナーにも心から謝罪をします。

やっかいなのは、上司がクライアントと打ち合わせをしてきた内容を私が聞いて、その内容をデザイナーに振り出しをする時です。

間に入る人間が増えるとイメージが変わっていきます。

上司の言っていることを理解していなかったり、上司のイメージと私のイメージが違えば出来上がりも納得してもらえず、クライアントに提出する前にやり直しです。

その為デザイナーが一番犠牲になり、何度もやり直しをさせられていました。

もっと悲劇なのは、デザイナーがやり直しさせられているのは、クライアントの指示だと思っていることです。

クライアントに提出する前の段階で何度も修正をさせられ、デザイン料は格安。

さすがに私も修正を振り出すのに気が引け、何度上司と衝突をしたことでしょう。

最初は我慢が勝っていました。

苛立ちながらも仕事だし、上司から言われたことだから有無も言わずやるしかないと。

でもそんな時期も4年目に突入すると、押さえられなくなってきました。

身体がすでに上司を拒否し始めたのです。

呼ばれる度に嫌な気分になり、その気持ちが行動にでるようになり、上司も私の行動をみて激怒するようになりました。

そんなやりとりを一緒の部署の人達は目の当たりにしていても、一切私のフォローをすることもなく、上司には忠告をしたのかしていないのかわかりませんが、私と上司との関係は修復することができな状態になりました。

そしてもうここでは働けないと決意し、退職までに2年かかりました。

現在私は広告代理店で経験したことは、今の職場でも役に立っており私が広告関係のデザイン業務を担当しています。

業種は違いますがデザインを生かす場所を得ることが出来ました。

広告代理店で経験したことは、私の人生の集大成ともいえます。

それだけ精神的にきつかったし、体力的にも限界でした。

それだけでなく、衝突した上司とはいろいろ勉強をさせてもらい、人間関係や仕事の仕方についてたくさん教えられました。

もちろん嫌なこともたくさんありましたが、今の私があるのも広告代理店で勤務できたことで成長できた時期があったからです。

嫌で辞めた会社でしたが、働いた6年間必死でした。

なので私の中で逃げたとは思っていません。

やりきったのです。

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